「職業としての小説家」村上春樹

以下、気になった部分を抜粋

僕は基本的に「欠陥のある人間が欠陥のある小説を書いているんだから、まあなんと言われても仕方あるまい」という風に考えています。

 

何がどうしても必要で、何がそれほど必要でないか、あるいはまったく不要であるかを、どのようにして見極めていけばいいのか?

これも自分自身の経験から言いますと、すごく単純な話ですが、「それをしているとき、あなたは楽しい気持ちになれますか?」というのがひとつの基準になるだろうと思います。

 

あなたが(残念ながら)稀有な天才なんかではなく、自分の手持ちの才能を、時間をかけて少しでも高めていきたいと希望しておられるなら、僕のセオリーはそれなりの有効性を発揮するのではないかと考えます。

意志をできるだけ強固なものにしておくこと。そして同時にまた、その意志の本拠地である身体もできるだけ健康に、できるだけ頑丈に、できるだけ支障のない状態に整備し、保っておくこと。

それはとりもなおさず、あなたの生き方そのもののクオリティーを総合的に、バランス良く上に押し上げていくことにも繋がってきます。

そのような地道な努力を惜しまなければ、そこから創出される作品のクオリティーもまた自然に高められていくはずだ、というのが僕の基本的な考え方です。

 

僕はおおむねのところ、自分が「気持ちよくなる」ことだけを意識して小説を書きました。

自分の中に存在するいくつかのイメージを、自分にぴったりくる、腑に落ちる言葉を使って、そのような言葉をうまく組み合わせて文章のかたちにしていこう…頭の中にあるのはただそれだけです。

 

最低限の支持者を獲得することも、プロとしての必須条件になります。

しかしそのへんさえある程度クリアできれば、あとは「自分が楽しめる」「自分が納得できる」というのが何より大事な目安になってくるのではないかと僕は考えます。