「教えないスキル ビジャレアルに学ぶ7つの人材育成術」佐伯夕利子

その人に学んだのは「問題を持ち込むときは解決策を添付してから来なさい」でした。

あの人はああで、こうなので、困るんです。あの人はこんな仕事ぶりで、とてもずさんだと思う。そういったクレームだけをもってくるのではなく、そのことに対してユリコが考えたソリューション(解決策)を添えて持ってこいというわけです。

「ムイビエン!」「ビエン、ビエン!」

この2つを連呼していました。スペイン語のビエンは英語でいうところの「グッド」。ムイビエンは「ベリーグッド」です。

「そこに価値はあるの?」

こう問われた私たちは、「ビエンは空っぽだった」と気付きました。

では、価値のあるメッセージって?

自分たちで自問自答した末にたどり着いた答えがこれです。

「自分は認められている、自分の意見を聞き入れてもらえていると選手が感じることだ」

「ナイスプレーだったね」と言われ続けるだけではなく、一歩踏み込んだところで「なぜそう思って、なぜそのアクションをしたのか?」

そのことを説明させてもらえる機会が与えられると、そこで彼らは自分を表現できます。

たとえば、良いパスがあったとき単純にナイスパスで終わらせず、

「今のパス、なぜ右に出したの?」と尋ねます。

「最初は左かなと思ったんだけど、パスコースが消えてたんで、一度フェイントかけているあいだに右に走り込んで来ると思って右に出しました」

「なるほどね。そんな見方やプレーはコーチや監督は思いつかなかったし、できなかったな」

このようなやり取りが、彼らのモチベーションをものすごい勢いで高めていくと感じました。へぇ、なんでそうしたの?と問われることは、1万回のビエンより効果的であり、尊いわけです。

ネガティブなフィードバックの際は「サンドイッチ話法」を必ず用いました。

コミュニケーションスキルの一つであるサンドイッチ話法は、本題の前後をポジティブなフレーズで挟むもの。

「①相手の良いところを伝える」

「②相手にとって聞きたくないかもしれない改善点などを伝える(本題)」

「③それに対する期待を伝える」

こんな論法です。

本題に入る前に、心理的な壁を作らせないよう、相手を褒めます。その上で本題に入り、最後に期待の言葉で締めくくる。

人は相手から何を言われたか?ではなく、どんな気持ちにさせられたか?をずっと覚えている生き物だからです。

メンタルコーチから「選手はどうしたいのかな?選手には何が見えてる?彼らはどう感じているんだろう?」と尋ねられ、私たちは「分かりません」と下を向くしかありませんでした。

なぜならば、尋ねたことがないからです。

「話を聞いたこともないのに、あなたたちは勝手に決めつけているの?」

そう言われて、言葉もありませんでした。

「静かにしていることや、無言であることに、もっと意識を向けよう」

そう話し合った私たちは、チームミーティングをやめて一対一の面談を増やしました。

その結果、一人ひとりについて、驚くべき量の情報を得られるようになりました。

「あなたたちはパソコン画面ばかりに向かっていて、選手たちとは向き合っていないよね?」

そんな指摘をメソッドダイレクターたちから受けた私たちは「主語は選手たちなのだ」と知るわけです。

ということから、選手と向き合って、彼らが見えている景色を伝えてもらったり、彼らが感じていることを聞かせてもらったりすることで、彼らが抱えている問題や心配事などを知ることに時間をかけるようになりました。

「ビジャレアルでは、選手育成のために何か特別なことをやっているか?」

ただ「常識ある範囲で」「選手を最優先に」「(脳科学や心理学を含めた)科学的な根拠を元に」指導を探索してきました。

これら3つを念頭に、ただただ日々精進あるのみ。他に特別なことはしていません。

日本(のスポーツ界)には、一生懸命頑張る文化はあるけれど、選手が自ら考えて行動する文化がなさすぎる。

頑張らせる指導(教育)はあるけれど、自ら考えて創造したり、自分で判断できる力を養う指導(教育)がないということです。

「スペインでベスティア系指導者の居場所がなくなってきてるね」という話になりました。

ベスティアは野獣的という意味で、いわゆる吠えるタイプの指導者を指します。一昔前までは、情熱的だ、熱血監督だなどと美化されていました。

それが最近では「人権リテラシーへの意識が低い国に居場所を求めて移動している」と教えてくれました。